午前九時十五分、羽田発青森行のANA四百一便は定刻通り青森空港に到着した。天候は良く、飛行中はさして揺れることもなかったが、飛行機が苦手な私は、ほーっと大きく息を吐いてタラップを下りた。
一月、空港には白い雪が沢山積もっている。飛行機で一時間ほど飛ぶと雪がある。日本列島が南北に長いことを改めて実感する。
空港近くのレンタカー屋で、事前に予約してあった車を借りて青森市内に向けてアクセルを踏む。道路は泥でひどくぬかるんでいるが、レンタカーは雪道対応のスタッドレスタイヤが装着してあるため、ハンドルをとられることもなくスムーズに走行することができた。一時間ほど走ると青森市内に入った。市役所を右折して国道四号線に入り、浅虫温泉、野辺地と抜け、下北半島の中心地であるむつ市に着いたのは午後二時過ぎだった。目的地である下北半島の太平洋に面したA村へはここからさらに二時間である。
太陽も西に傾いた午後四時過ぎ、漁業が村の主産業であるA村に着いた。村の中心地でもあるS港に行くと、潮の香りがぶんとする。私が訪れた時期はマスやヒラメ漁の最盛期だったが、港は量から帰った船が積み荷を下ろし終えてひっそりとしている。
車から降りて港のすぐ近くにある砂浜を歩くと、夕闇が迫った早春の海辺にザザー、ザザーッという静かな波音がしている。その波音を聞きながら、私はふと故郷の山口県豊浦町(現下関市)を思い出した。私が育った豊浦朝の家は海辺まで歩いて一分もかからないところにあり、潮騒が子守歌変わりだったのである。本州の北端と西端の違いはあるが、波音と潮の香り、そして目前に広がる海は変わらない。
(そういえば、伯母さんが死んでもう十一年か。早いな)
まだ一歳だった私を成人するまで育ててくれた養母の顔を思い浮かべ、しばらく湿った感慨に浸っていた私は、足下の小石をポンと蹴ると港に停めてあった車に乗り込み、港から車で三、四分のところにある民宿に向かった。
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